6月21日のブログで当日の朝日新聞から「松原保全 市民巻き込み」という記事を紹介した時、

ポイントは真ん中の行の上から5段目に書いてある「2008年、国や自治体が松原の保全に力を入れることを合意」の部分だ。2008年は平成20年、私が風の松原を歩き始めてまもなくの頃だ。
能代市と唐津市の違いは、その時に両市がどういう行動をとったかの違いだ。これについてはあとから説明しよう。

と書いた。

その数年前から「日本列島松回廊構想」が提唱されはじめていた。この雑誌は財団法人日本緑化センターが発行する月刊誌。先日(6月21日)のテレビ番組欄に「森林文化協会」の広告が載ったが、あれは別の団体だった。
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表紙写真は虹の松原。撮影は虹の松原の再生に尽力している佐賀大学の田中明教授(2006年当時)。

私は2005年11月19日にNHK総合テレビで放映された「佐賀発 白砂青松が消えていく」という番組で白砂青松が消えてゆくメカニズムを知った。この番組の内容を『風の松原案内』というホームページに書いた。そのホームページ左側に見出しがたくさん並んでいるが、「松原の危機」がそのページ。

グリーン・エイジ2006年7月号の目次は
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「今日の課題・松原再生に向けて」は
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「松原再生運動」は同誌の2006年2月号に掲載されていた。それは次に紹介する。