昨日「勝田香月の詩集 心のほころび」というブログを書いた時につぎのように記した。
歌碑除幕式当日の新聞記事に

勝田香月は、亡くなった年に、能代市教委に対して<歌碑を建てるなら能代港にも・・・>のたよりを寄せていたという。

この記事を読んで、もしかしたら勝田香月は以前から能代市とつながりがあったのではないかと考えた。そこで北羽新報が昭和49年に発行した『能代港物語』をめくってみた。その79ページに-港と歌-が載っていた。

能代港物語
79ページ
出船の舞台に
この文章を読むと、勝田香月が時の能代市教育長であった御木三儀氏に会ったことがハッキリしたこと。出船を作詞した事情もハッキリとわかった。「出船の思い出から」の所在は不明だが、それ以上のことがわかったと言っていい。