先日浅草オペラの本が届いたことを書いた。送ってくれた人は高校の同級生。彼はオペラ歌手だ。
歌謡曲の歌手は、色々な経歴の持ち主がいる。「スター誕生」という番組があった。何週か勝ち抜くとレコード会社がレコードを出してくれるといった企画もあった。
それに対してオペラ歌手というのは音楽大学を出た人がなるものとばかり思っていた。しかし60年安保の年の年に高校に入学した同期生で、音楽大学に入った人はいなかった。
ブラスバンド部はあったが、「音楽部」があったかはわからない。音楽の山崎富之助先生が病気で休んでいた時期で、船木という若い先生が来ていた。講師だったのだろうか。音楽室に新しい大型の蓄音機が入ったころで、私が属している図書部が月に1回「レコードコンサート」を開く時に音楽室を使わせてもらっていた。ピアノの脇で歌っている人が数人いたが、あれが音楽部だったのかもしれない。

文系の私のクラスで、50人いた同級生で、大学に進んだ人が半分くらいいただろうか。自分のことで精一杯で、他人がどこの大学に入ったかを知る余裕はほとんどなかった。わかってきたのは大学2年以降か、卒業してからのことだった。だから『ああ夢の街浅草!』を送ってくれた人が浅草オペラに出ていたかどうかはわからない。

オペラ歌手として活躍していることは知っていたが、どのようにしてオペラ歌手になったかを知ったのは、彼の書いた「鄙の鎮魂歌」が秋田さきがけ新報に掲載されてからだった。平成14年のことである。
鄙の鎮魂歌1

<この項つづく>