「魂の鎮魂歌」の連載をブログに載せていた時、秋田さきがけ新報連載のサイトウ忠生のサイは「斎」だった。
高校3年A組で私のすぐ後ろの座席だった時は「サイトウ」はどの人も「斉藤」という漢字だった。
忠生の名刺を何枚か持っているが、二期会の名刺は「齋藤忠生」、ドイツミュージックレストラン「アルテリーベ」の総支配人だった時の名刺は「斎藤忠生」、今回3月14日の東京室内歌劇団公演の「うたさがしの旅」のチラシは「斉藤忠生」、

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企画・制作を忠生が担当しているが、その名前は「斉藤忠生」と書かれていた。同じく東京室内歌劇場4月25日公演の「おジンズ技あり」に、テノールで出演するのも「斉藤忠生」と書かれていた。
おジーンズ
忠生が執筆したと思われる『浅草オペラ-100年の回想』の中に出てくるテノール歌手の忠生は「齋藤」と表記されている。
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2012年のリサイタルでは「齊」を使用した。
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