先ほど「レッツ エンジョイ」の投稿をしてくれた人から電話があり、「もう一度聞きたいね」と言われた。「もう一度」と言われても本人も後期高齢者、我々も後期高齢者。リサイタルの準備も大変だったが、幸い前日が「みんなで歌うコンサート」だったので、お願いしてイスをそのまま残しておいてもらった。もしも朝10時からイス並べを始めていたらと想像し、実際に10時に集まった実行委員の顔ぶれを見ると、11時半におにぎりが届くまでにイス並べが終わっていたかどうか、実に不安だった。


チケット販売に夢中になっていた12日までは販売は低調で、12日の実行委員会の時も目標の200枚には届かず、プログラムに同封するチラシ類も200枚準備すれば余るだろうと思っていた。
それが当日になったら12時過ぎからロビーで待っている人もおり、三種ゴスペルのリハーサルが終わるのを待たずに12時40分に開場した。ご招待した高齢者施設の方を案内する手はずになっていたが、受付にいながら案内出来ないこともあった。
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前日このように準備していたが、ご招待した高齢者施設の人が他の席に座ってしまったので、張り紙を剥がしてもらったりした。

私が会場(中ホール)に入ったのは始まって約20分過ぎだったが、
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最前席に5席空いているもののほぼ埋まっていた。目が慣れてからよく見ると、隣の席に荷物を置いている人もいるので、「満席」ということではなかったが、座席に荷物を置いたままの人がいるというのは、コンサート等にはほぼ行かない、慣れていない私にとって計算外のことだった。
結局イスの予備台車を2台出してもらってホール内の人が全員座れるようにした。

2時20分頃、忠生がトークの中で、「文化会館のこけら落としの時にも来た」「その時は立川澄人と大坂志郎と加茂さくらの4人で来た」と話した。先日チケットを売りに回った時「こけら落としの時に斎藤忠生さんの声が素晴らしかったから」と言って買ってくれた人がいたが、私はこけら落としのことはよく覚えていない。
中ホールには大坂志郎が寄贈した巨大なレリーフ?は残っている。
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このモニュメントの右下に
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大坂志郎は能代が生んだ俳優だ。

その「こけら落とし」がいつの話なのか、今日能代市図書館 で確かめた。
文化会館の開館は昭和55年(1980年)9月12日だった。その後こけら落としの文化行事が10月5日まで続いている。「立川澄登と共に」という出し物は、9月17日午後6時半から。大ホールで入場料1,000だった。出演者はバリトン立川澄登、テノール斎藤忠生、ソプラノ斎藤昌子、ピアノ飯野淳也の4人だった。大坂志郎や加茂さくらとは別の時に来たのだろう。私が知っている立川澄人はこの時にはもう立川澄登と改名していた。この時忠生は、カタリカタリ、オーソレミオなど7曲を歌っている。

この記事が北羽新報に載ったのは7月19日。しかし図書館ではコピーサービスをしてくれなかった。コピーサービスが可能なのは平成元年以降だそうだ。

この年、忠生35歳、今年は75歳だから40年前の話だ。








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