今朝、出掛ける前に北羽新報を見ると、1面に「イージス配備を撤回」の記事。先日から予想はしていたが、正式決定まで落ち着かなかった。風の松原もこれでようやく安心できる。
 能代海岸にクロマツの植林をした人のひとり、越後屋太郎右衛門の子孫渡邊忠晴氏は、風の松原がイージスアショアの基地にされないよう願って、『動く砂山』の寄贈本を作ってあちこちに配布した。リンクされた今年2月25日のブログの後半に寄贈本のことが出てくる。
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寄贈本は
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鈴木喜代春さんが書いたこの本は、昭和61年12月15日に初版があすなろ書房から発行されています。
この本の86ページ おわりに には次のように書かれています。
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86ページの最初に書いている「この写真」というのは次の87ページに掲載されている写真です。
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この写真は昭和61年頃にどの場所で撮影されたものかは不明です。ずっと奥まで前後左右等間隔で並んでいます。この写真と似た風景は、今年3月31日に大開浜国有林で撮影した次の写真です。
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大開浜国有林は昭和30年代になってから植林作業が始まった場所です。樹齢60数年というところでしょう。
私が勝手に「風の松原中心部」と名付けている中では、エナジアムパークの向かい側が昭和30年の植林となっています。あそこを歩いても、前後左右等間隔に並んだ場所はありません。
今朝(6月26日朝)は昨夜からの雨で、薬剤散布作業は中止だったと思われます。クルマで港湾道路を通り、風の松原中心部を一周したあとで、傘を差して陸上競技場脇からまっ過ぐ西へ港湾道路まで進んでみました。
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港湾道路側入口
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港湾道路入口部分は昭和26年植林、現在70年程になる部分です。風の松原は現在は「自然林扱い」となっていて、下草刈りとか低木の除去などの作業は行われていないので、ヤブ状態です。