今日は天候も回復し、児童公園に雪運びをしている人もいた。
私は昨日雪運びをしたので今日は「坂」の続きを完成するために金子の坂へ。
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栄町公園から東町(旧東住吉町)を通り、金子の坂へ。下の写真は東町、正面の建物が万福食堂。
左側の加藤商店は昔からの店。この店に炭(木炭)を買いに行ったことがある。写真よりも数軒手前には毎日買い物に行かされた宮腰商店もあったのだが、今は営業していない。
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万福食堂の隣の空き地には、中学2年の時に鹿角市出身の人が社会科の先生として赴任してきた大学を卒業したばかりの人が下宿した家があった。私たちが遊びに行った時には机いっぱいに原稿用紙を広げて、小説の執筆をしていた姿が浮かぶ。
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この下宿屋はその後中学同級生が経営する食堂や飲み屋にもなったが、今は解体されて空き地になっている。その隣にはキャバレーもあった。
下の写真右手には高校同期生の家があったが、1985年8月日航機の事故で御巣鷹の峰に散った。
写真左側には同じく高校同期生の時計店があったが、そこも解体された。
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ここが金子の坂。左には丸〆デパートがあった。小学校の頃には竹スキーや「どっこ」(下駄の底に金属を打ち付けて滑べりやすくしたもの)で遊んだこともあった。急な坂だった。写真左手に滑り止めの砂を入れた箱がある様子がなつかしい。
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標識の裏に書かれた説明 私が小学生の頃(昭和20年代後半)には駅前には、袴田与五郎商店の向かい、三吉町の「駅前マーケット」の入口に東山書店があったことを覚えているが、金子書店というのは知らない。
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もう1カ所、坂の標柱があることを思い出し、能代二中に向かう。
融雪歩道の雪はすっかり解けている。
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中和通りを越え、能代二中近くまできて「もんたの坂」という標識がある。この坂の存在は知らない。小学生の頃は七夕を引っ張って来ても、ここまで来る手前、出戸に小さい橋が架かっていた。底まで来ると「ここから先は能代ではない」と言われ、そこで引き返したものだった。「出戸」は能代ではなく、「榊村の北端」だったのだ。

下の写真、後ろの林は善光寺の松。その向こうが能代第二中学校。
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標柱の裏は
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昨年秋、能代一中も能代二中も創立70周年記念式典を挙行した。新制中学は昭和22年5月創立。能代一中が能代市の北西の端、能代公園の隣接地に建設され、能代二中は南の端に建設されたから、当時は砂山の上だったのかもしれない。だから坂の上だったのかもしれないが、当時は二中まで行ったことはなかった。