昨日の北羽新報1面に25日公演のミュージカル「未来へつなぐ北限の茶」の記事が載っていた。
こういう純日本的な場面でも最後になるとなぜバレリーナたちが踊るのか不思議だが、最後に出演者全員で「未来へつなぐ北限の茶」という歌を歌う場面の写真が載っていた。崇徳小学校(そうとく小学校)の校歌を入れた歌なので崇徳小の生徒たちも出演していた。
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こういう記事になると新聞報道の観客数はいつも誇大になる。検索するとすぐにわかるが、このホールは定員1181人。今回は前4列の座席(オーケストラピット部分)が取り払われているから観客席が満席にならない限り「詰めかけた約1千人」とはならないのだが。

私が25日のブログに書いた感想の一部分

今日のお話は台本に無理があると思った。タイトルは「未来へつなぐ北限の茶」だが、タイトルにあるだけで、「未来につなぐ」という内容はなかった。お茶の伝来を示すため劇中劇を使ったことはわかるが、主人公は栃木県の益子焼きの窯元の娘が親戚の家に遊びに来ている設定。地元には若い娘はいないことになっている?
「もと爺」が細々と茶畑を営んでいるが、益子焼きの窯元の娘が婿を迎えて益子焼きを継ぐことになった様子をみて「俺ももう少しがんばってみるか」という台詞では「未来へつなぐ」のは絶望的。
 茶摘みの様子は出ていたが、手もみや加工の様子はホンの少しだけ。失敗や成功を繰り返す光景が欲しかった。
昨日の北羽新報にはあらすじも掲載されているので紹介する。
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1段目のおしまい7行目から
<それを受け継いできたもと爺らの苦労を知ったみのりは「未来へつないでいきたい」と跡継ぎになることを決心。>
とあるが、これは檜山茶の跡継ぎではなく、益子焼きの窯元の跡継ぎになる決心をしたということ。

実は昨日2月26日午後からの民児協懇話会に檜山の人も何人か来ていたが、25日のミュージカルを観た男性は「何をやっているのかさっぱり理解出来なかった」と話していた。

檜山茶を守り続けた人の話は、2009年の朝日新聞秋田版に連載されたことがあるので紹介する。
掲載されたのは2009年(平成21)6月29日(月)から8月10日(月)までの5回。絵をかいてくれた小西由紀子さんの説明がわかりやすい。
ここに「もと爺」の原型になったと思われる梶原茂兎悦さんが描かれている。
檜山茶1
私はここに小西由紀子さんが描いた様子がミュージカルになると思っていたのだが、期待外れだった。
檜山茶2

檜山茶3

檜山茶4
昨年6月、つるべえの「家族に乾杯」をこのブログでもとりあげたことがあった。あの中で檜山茶を取り上げていたので、予約で3年待ちとか言われたが、その味は「文化財のような味」とは上手い表現だと思った。
檜山茶5
働きものの啓子さんは忙しく、電話してもなかなか捕まらない。昨日の懇親会では久しぶりにビールを注いでもらったが、ミュージカルの主人公が栃木県の人となっているのは、梶原啓子さんのご主人が栃木県出身からヒントを得たのか。梶原さんたちはバスケットボールの縁で結ばれた。