昨日の県内各紙に教員人事異動の記事が掲載された。それを見ると、秋田県の人口減は本当だということを実感した。
昔は教員の定期人事異動となると、秋田魁新報夕刊に掲載されたものだった。
今年の記事の高校の部分を紹介する。秋田魁新報3月21日付け。
h30人事異動

これは私が採用された昭和42年3月22日の秋田魁夕刊
昭和42年3月22日
昭和42年3月22日の2
この新聞は、後からコピーを取ってもらったものだが、この中に私も掲載されている。この夕刊を大学の卒業式の時に見せてもらった。
私が保存している新聞は昭和51年3月25日の夕刊から。コピーしようとしたらバラバラと粉になりそうだった。
総和51年3月25日
比較的保存がいいのが夕刊の一面 これは昭和52年3月25日の秋田魁新報夕刊
昭和52年3月25日
これは懐かしい新聞。3月25日とは各高校で成績会議を開き、それが終わってから送別会を開いている。私は土崎十一校長(故人)と一緒に能代北高に赴任した。
スクラップブックをみると、その後、秋田魁の夕刊に掲載されたのは平成20年3月まで
平成20年3月25日
教員人事異動の記事も2面に移っている。なおここに書かれている「能工バスケ加藤監督というのは先日ご逝去された加藤廣志さんではなく、加藤三彦さんのこと。
平成20年3月25日3面
加藤三彦さんも退職者の欄に載っている。異動教員数は高校だけに限ってみてもこれほど多かったのだ。翌年平成21年3月には秋田魁の夕刊自体が発行されなくなり、3月25日の朝刊に異動の記事が載っている。