新・風の松原を歩く

PC版では、2017年5月までの「ブログ 風の松原を歩く」も表示したまま、画像を沢山表示できるように、またスマホからも投稿できるようにした。 名前を「新・風の松原を歩く」とした。 「風の松原」は秋田県能代市の海岸砂防林である。

斎藤忠生

高校の同級生、齊藤忠生が今年7月に能代で何回目かのリサイタルを開くことになった。
そこで平成14年8月10日から翌年平成15年7月26日まで約1年掛けて連載された文章を紹介したい。
 鄙の鎮魂歌 斎藤忠生 「出会いに学ぶ」
これがこの文章のタイトル。今日はその表紙を紹介する。
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「魂の鎮魂歌」の連載をブログに載せていた時、秋田さきがけ新報連載のサイトウ忠生のサイは「斎」だった。
高校3年A組で私のすぐ後ろの座席だった時は「サイトウ」はどの人も「斉藤」という漢字だった。
忠生の名刺を何枚か持っているが、二期会の名刺は「齋藤忠生」、ドイツミュージックレストラン「アルテリーベ」の総支配人だった時の名刺は「斎藤忠生」、今回3月14日の東京室内歌劇団公演の「うたさがしの旅」のチラシは「斉藤忠生」、

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今朝、渟城南小学校の子ども会の最中に電話があった。あとから確かめたら、「月曜日に郵便を出したが到着したか」というものだった。「まだ着いていない」と答えたが、午後から配達された。
そのポスターは
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予定通り昨日13日のうちに東京に発注していたチラシが届いていた。最初はもう少し余裕を見ていたが、会社には「お盆休み」があるということをすっかり忘れていた。
 pdf原稿ができあがった5日にチラシ作成会社に会員登録し、パソコンで送信作業を始めたが、私のpdf原稿では、予定よりもずっと小さい、空白の多いチラシが出来ることが判明、そこで慌ててチラシ作成会社からダウンロードした様式にあわせて一晩で作り直した。
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石井漠の弟に石井五郎がいる。昼に斎藤忠生から電話があり「石井五郎が作曲した校歌を歌っている学校があるはずだから調べてくれ」という話。調べてみると、能代市立東雲中学校と三種町立下岩川小学校が石井五郎作曲の校歌を歌っていた。続きを読む

斎藤忠生の写真を探したらようやく見つかった。2008年、甲子園秋田県予選開会式の写真だ。開会式前夜、高野連の役員をしている後輩から電話があった。
(彼)「斎藤チュウセイという人を知っていますか?」
(私)「知っているよ。高校の同級生だよ」
(彼)「明日の開会式で大会歌を歌うといって秋田に来ています。先生の名前を話していました」
(私)「わかった。明日行く」

球場だから一眼レフで撮影したはずだ」と思って探したら、デジタル・イオス・キスで撮した写真が見つかった。2008年7月12日10時05分と記録されていた。

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6日夜の実行委員会でプログラムの校正が終わったので、すぐに印刷が終わるものと思っていたが、そうではなかった。今は土・日は仕事をしないので今日の午後までかかった。


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先ほど「レッツ エンジョイ」の投稿をしてくれた人から電話があり、「もう一度聞きたいね」と言われた。「もう一度」と言われても本人も後期高齢者、我々も後期高齢者。リサイタルの準備も大変だったが、幸い前日が「みんなで歌うコンサート」だったので、お願いしてイスをそのまま残しておいてもらった。もしも朝10時からイス並べを始めていたらと想像し、実際に10時に集まった実行委員の顔ぶれを見ると、11時半におにぎりが届くまでにイス並べが終わっていたかどうか、実に不安だった。


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