新・風の松原を歩く

PC版では、2017年5月までの「ブログ 風の松原を歩く」も表示したまま、画像を沢山表示できるように、またスマホからも投稿できるようにした。 名前を「新・風の松原を歩く」とした。 「風の松原」は秋田県能代市の海岸砂防林である。

松原資料館

1990年に結成された「風の松原を育てる市民の会」が、1991年8月に会報「風の松原だより」第2号を発行した。
一面では7月の総会の様子を報告している。会の活動の様子をいろいろと報告している。

この紙面のpdfファイルはホームページ「風の松原案内」の中の<風の松原を守ってきた人々>に掲載されている。続きを読む

1990年に結成された「風の松原を育てる市民の会」が会報「風の松原だより」第1号を発行した。
一面では能代営林署の石川靖司署長と風の松原を育てる市民の会の畠昭男会長の対談を掲載している。

この紙面のpdfファイルはホームページ「風の松原案内」の中の<風の松原を守ってきた人々>に掲載されている。
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昭和62年10月10日に開かれた能代海岸砂防林フェスティバルのリーフレットがあった。主催は能代市と能代海岸砂防林を活用する市民の会。
2011年9月25日に発行された「風の松原に守られる人々の会」発行の「10周年記念号外」には「能代海岸砂防林を守ってきた人たちの系譜」が載っている。続きを読む

昭和46年2月13日、北羽新報は山木吉長氏の 「砂防林を守れ -こわい三分の二伐採論-」 を掲載している。
十年ほど前に私が市立図書館でコピーした時に、題字の部分はコピー出来なかった。今回は新聞の閲覧は出来たが、紙面劣化の恐れがあるため昭和50年以前の新聞はコピーさえも出来なかった。「新聞は一度しかコピー出来ない」という規則もあるのだそうだ。続きを読む

北羽新報の昭和46年1月13日号は、「基本構想の審議始まる」 「松林切らぬ方向へ」 「一部開放をめぐって論議」 「無視できぬ市民感情」 「海面埋め立て案も検討」などの見出しを立てている。続きを読む

昭和46年1月1日号には写真が4枚掲載されていた。写真の説明は 「うっすらと雪化粧した松林 いまの計画ではこの林も伐採の運命にある」 「松林を見回わる作業員。雨の日も雪の日も欠かさず‥‥」 「昭和五年、稲荷神社西北部の黒松が移動砂丘の前進で破壊された。」 「ひと冬で砂浜の様相が一変する。飛砂を防ぐ垣根が破られることすらある。」
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昭和45年12月14日の北羽新報は 「再開発構想・市民の反響」 「ぜひ計画実現へ」 「産業開発の期待大きく」 「市民サイドの検討を まず科学的な調査・解明を」 「松林解放に強い不安 飛砂、風害の万全な防止を」というたくさんの見出しで報じている。続きを読む

「能代市砂防林の歴史」は鈴木重孝氏が昭和45年4月に発行した小冊子の復刻版と思われるものです。
鈴木重孝氏は営林署の職員でしたが、風の松原の功労者として顕彰されてしかるべきと思います。
能代市砂防林の歴史

この小冊子は「風の松原案内」の<クロマツ関連書籍>というページでpdfファイルとして読めるようになっています。

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